ラグビー界のレジェンド、田中史朗選手。
2024年4月24日の現役引退会見で、「妻のお陰で最高に幸せなラグビー人生」と語り、多くの人々の心を打ちました。
そんな田中選手を17年間支え続けた妻・智美さんとは、一体どんな人物なのでしょうか?
今回は、元バドミントン選手である智美さんのプロフィールや、二人の出会い、そして39本のバラで行われた公開プロポーズの秘話までご紹介します。
元バドミントン選手・田中智美さんのプロフィール
まずは、田中史朗選手の妻である智美さんのプロフィールをご紹介します。
名前:田中 智美(旧姓:作山)
生年月日:1989年前後(田中史朗選手より4歳下)
経歴:三洋電機・ヨネックス所属の元バドミントン選手
実績:高校総体3位など
智美さんは、元プロのバドミントン選手でした。
高校時代には総体で3位に入賞するなど、輝かしい実績を持つ実力者です。
現在は、ミズノ バドミントン・アドバイザリースタッフとして活躍しながら、イベント講師としても活動しています。
ラグビー選手と出会った運命の瞬間

田中史朗選手と智美さんの出会いは、まさに運命的なものでした。
二人が初めて出会ったのは、同じ三洋電機の「ラグビー部×バド部」キックオフパーティーでした。
しかし、この時点では特に進展はありませんでした。
その後、「みんなでゴハン」という機会がきっかけで、二人は急接近。
実は、智美さんには当時別の好きな人がいたそうです。
しかし、田中選手の熱心なアプローチが実り、最終的に智美さんの心を射止めることに成功しました。
39本のバラで公開プロポーズ!その舞台裏

田中選手と智美さんの交際は、やがて結婚へと発展します。
そのプロポーズの様子が、とても印象的だったのです。
舞台となったのは、ニュージーランド出身のホラニ・コリニアシ選手の自宅で開かれたパーティー。
そこで田中選手は、39本の赤いバラを抱えて登場し、公開プロポーズを敢行しました。
なぜ39本だったのか?
実は、「さくちゃん=39」という語呂合わせだったのです。
智美さんの旧姓「作山」にちなんだ、粋な計らいでした。
この情熱的なプロポーズの結果、二人は2011年に入籍。
翌2012年には結婚式を挙げ、正式に夫婦となりました。
まとめ
田中史朗選手の妻・智美さんについて、プロフィールから出会い、そして印象的なプロポーズまでご紹介しました。
元バドミントン選手という経歴を持つ智美さん。
アスリートとしての経験があるからこそ、田中選手の苦労や喜びを深く理解し、支え続けることができたのでしょう。
39本のバラでのプロポーズエピソードからは、田中選手の情熱と工夫が感じられます。
まさに、二人三脚で歩んできたラグビー人生だったと言えるでしょう。
現在、田中家には10歳の長女・愛真ちゃんと7歳の長男・真央くんがいます。
家族全員で朝5時30分から家族トレーニングを行うなど、スポーツを通じた絆を大切にしているそうです。
田中選手の引退後も、この素晴らしい家族の絆はさらに深まっていくことでしょう。
今後の田中家の新たな挑戦にも、注目が集まりそうです!
コメント